地蔵菩薩は六道の入口に居て民衆が悪趣に堕ちないように活動していて、お墓の入口や村の辻に六地蔵と言いまして、六体のお地蔵様がお祀りされているのは、六地蔵の信仰が広く信じられていたからであり、地蔵菩薩は私達の身近な存在であることに気付かされます。
水子とはこの世に生まれてくることが出来なかった子、或いは生まれてきても短い命だった子のことですが、この世で生きている時間が短かったために何の罪も犯していないように思うのですが、実は親を悲しませたという罪で三途の川を渡ることが出来ずに、その罪滅ぼしのために河原の石を積んで五輪の塔を作り続けるのですが、時々地獄の鬼が出てきて壊してしまうという話は有名です。
「一つ積んでは父の為、一つ積んでは母の為…」と言いながら罪滅ぼしとして積んだ石塔も鬼に壊されるのですから、何とも可哀そうなお話です。
しかしそういう時にお地蔵様が救いに来てくれるそうで、水子さんのいるお墓にお地蔵様がお祀りされているのは、そういった理由に依るのです。
水子供養とはお地蔵様に罪の無い子を救ってもらうための供養なのです。