光明真言の唄を聞こう

聞くだけで明るい気分になれる光明真言の唄が高野山真言宗やすらか庵から発表されました。

代表が作曲、作成した音楽とビデオに唄は優梨亜さんです。

高野山編ということになっていて、高野山の景色を楽しみながら光明真言の唄を聞くことが出来ます。

真言は人を変える力があり、気分を変える力もあります。

そういった真言の中でも光明真言は最強の真言なのです。

お焚き上げで終活を

お焚き上げで終活

仏教では僧侶の持ち物として認められている物として「三衣一鉢」と言いまして、修行用の衣と托鉢用の鉢のみ持つことが許されています。

物を持つということは所有欲という欲に繋がって、もっと欲しい、まだ欲しいという欲望地獄に堕ちてしまうことから僧侶は私物を持つという事が厳しく制限されているのです。

悟りと言うものは、欲望を捨て去った寂静の世界であって、一切の物が無い世界なのです。

死後の世界には一切の物を持って行くことが出来ませんので、終活というものは、自分の死後に物を持って行けないからと、物を減らしていくことなのです。

しかしながらこの世で揃えた物はどれも愛着のある物ばかりですし、写真やアルバムなどは捨ててしまえば自分の過去まで否定してしまうようで寂しい限りです。

終活というものは、本当に何もかも捨ててしまえば生活に支障をきたすでしょうし、また新しい物を買うようでは終活の意味が無くなります。

高野山真言宗のお焚き上げ

その点お焚き上げは感謝の気持ちを持って天に届ける訳ですから、無駄になることは決してありませんので、宗教としての供養であれば利用する価値はあります。

死後の世界に物を持って行くことは出来ないということは皆同じ事で、例外はありません。

自分が死んだら一切の物が捨てられる、と思えば今の内に整理整頓しておくべきです。

光明真言は役に立ちます

光明真言

お葬式に出掛けたり、お墓参りに行ったら頭が痛くなったり体がだるくなることがありませんか?

亡き人をお送りしたり亡き人の供養に行くことは大変に疲れることですから、ある程度のことは仕方ないのですが、人によっては霊的な物を受けて体調が悪くなる方も居られます。

昔から言われるように墓地や葬儀場には御供え物や親切な人を待っている目に見えない存在が居て、憑いたり悪さをしたりすることがあるので、葬儀の時には今でも清めの塩を参列者に配るのです。

清めの塩は家に帰る前に服の上から胸、背中、足元に振りかけて手で祓い、払った塩はさいごに足で踏んでから家に入ります。

塩は清めるためのものですから、身体を清めるためにはとても有効です。

しかしもっと有効なのが光明真言を唱えることです。

光明真言は声に出して唱えれば亡き人の供養にもなりますし、大日如来の大きな力が頂けますので悪い物が憑くようなことはありません。

悪い物が憑かないばかりではなくて、大きな力が頂けるのが光明真言なのです。

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」

最初は覚えるのが大変かもしれませんが、覚えておけば必ず役に立つ真言です。

三途の川の渡り方について

三途の川を渡る人のイラスト

お釈迦様は私達人間が生きている限り「生老病死」の四つの苦しみから抜け出すことが出来ないと説き、その苦しみから抜け出すには悟りを得て解脱するしか方法が無いことを説きました。

釈迦は生きた人間として解脱して仏に成った唯一の実在の人物なのです。

私達は今は人間として生活しているかもしれませんが、六道輪廻と言って地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の世界の中で延々と生まれ変わり死に変わりを繰り返し、生まれてくる度に「生老病死」の四つの苦しみを担うことになるのです。

私達が死んでまた生まれ変わるとしたら、そして死後の世界があるとしたら、どのようになっているのでしょうか。

死後の世界の詳細は…死後の世界の詳細と解脱、転生法

死後の世界に渡る時に三途の川があるとされますが、どのような川なのでしょうか、そして三途の川の渡り方があるとしたら、どのように渡れば安全なのでしょうか。

私達はこの世に生まれてきた以上、必ず死ぬ時が来るわけで、死んでみなければ分からないと言ってしまえばそれでおしまいなのですが、何か知っていて役に立つことがあれば、そして今の瞬間にやるべきことがあるとしたら、今の内に準備しておくべきです。