菩薩行、望月崇英さん逝去

菩薩行の僧侶、望月崇英さん

2010年8月から東京銀座の交差点に立って托鉢を続けていた真言宗の僧侶望月崇英さん(66)が新型コロナの感染により今年1月18日に逝去されました。

コロナに倒れた托鉢僧 大震災、被災地で祈り―銀座交差点に立ち10年

若い頃はミュージシャンを目指してて渡米したこともあるそうで、40代半ばに高野山にて修行して仏門に入ってからは多くの人の悩み苦しみに耳を傾けて、東日本大震災の時には被災地で被災者の救済と供養のために身を捧げ、今年の3月にも被災地に供養のために出掛ける予定だったそうです。

最後に友人に宛てられたメッセージには「コロナにかかって良かったこともある。感謝です」とあり、菩薩行を実践する行者としての心優しい愛溢れる人柄が感じられます。

何故新型コロナにかかったのか、そして何故助からなかったのかは不明ですが、この世にとって惜しい人が居なくなるのは残念なことで御座います。

しかしながら魂としては菩薩行を続けられていることと思います。

お焚き上げで終活を

お焚き上げで終活

仏教では僧侶の持ち物として認められている物として「三衣一鉢」と言いまして、修行用の衣と托鉢用の鉢のみ持つことが許されています。

物を持つということは所有欲という欲に繋がって、もっと欲しい、まだ欲しいという欲望地獄に堕ちてしまうことから僧侶は私物を持つという事が厳しく制限されているのです。

悟りと言うものは、欲望を捨て去った寂静の世界であって、一切の物が無い世界なのです。

死後の世界には一切の物を持って行くことが出来ませんので、終活というものは、自分の死後に物を持って行けないからと、物を減らしていくことなのです。

しかしながらこの世で揃えた物はどれも愛着のある物ばかりですし、写真やアルバムなどは捨ててしまえば自分の過去まで否定してしまうようで寂しい限りです。

終活というものは、本当に何もかも捨ててしまえば生活に支障をきたすでしょうし、また新しい物を買うようでは終活の意味が無くなります。

高野山真言宗のお焚き上げ

その点お焚き上げは感謝の気持ちを持って天に届ける訳ですから、無駄になることは決してありませんので、宗教としての供養であれば利用する価値はあります。

死後の世界に物を持って行くことは出来ないということは皆同じ事で、例外はありません。

自分が死んだら一切の物が捨てられる、と思えば今の内に整理整頓しておくべきです。

光明真言は役に立ちます

光明真言

お葬式に出掛けたり、お墓参りに行ったら頭が痛くなったり体がだるくなることがありませんか?

亡き人をお送りしたり亡き人の供養に行くことは大変に疲れることですから、ある程度のことは仕方ないのですが、人によっては霊的な物を受けて体調が悪くなる方も居られます。

昔から言われるように墓地や葬儀場には御供え物や親切な人を待っている目に見えない存在が居て、憑いたり悪さをしたりすることがあるので、葬儀の時には今でも清めの塩を参列者に配るのです。

清めの塩は家に帰る前に服の上から胸、背中、足元に振りかけて手で祓い、払った塩はさいごに足で踏んでから家に入ります。

塩は清めるためのものですから、身体を清めるためにはとても有効です。

しかしもっと有効なのが光明真言を唱えることです。

光明真言は声に出して唱えれば亡き人の供養にもなりますし、大日如来の大きな力が頂けますので悪い物が憑くようなことはありません。

悪い物が憑かないばかりではなくて、大きな力が頂けるのが光明真言なのです。

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」

最初は覚えるのが大変かもしれませんが、覚えておけば必ず役に立つ真言です。

水子供養と地蔵菩薩

水子供養と地蔵菩薩

地蔵菩薩は六道の入口に居て民衆が悪趣に堕ちないように活動していて、お墓の入口や村の辻に六地蔵と言いまして、六体のお地蔵様がお祀りされているのは、六地蔵の信仰が広く信じられていたからであり、地蔵菩薩は私達の身近な存在であることに気付かされます。

水子とはこの世に生まれてくることが出来なかった子、或いは生まれてきても短い命だった子のことですが、この世で生きている時間が短かったために何の罪も犯していないように思うのですが、実は親を悲しませたという罪で三途の川を渡ることが出来ずに、その罪滅ぼしのために河原の石を積んで五輪の塔を作り続けるのですが、時々地獄の鬼が出てきて壊してしまうという話は有名です。

「一つ積んでは父の為、一つ積んでは母の為…」と言いながら罪滅ぼしとして積んだ石塔も鬼に壊されるのですから、何とも可哀そうなお話です。

しかしそういう時にお地蔵様が救いに来てくれるそうで、水子さんのいるお墓にお地蔵様がお祀りされているのは、そういった理由に依るのです。

水子供養とはお地蔵様に罪の無い子を救ってもらうための供養なのです。